札幌高等裁判所 平成5年(行コ)6号 判決 1994年5月24日
控訴人
山崎恵
右法定代理人親権者父
山崎義三
右法定代理人親権者母
山崎洋子
右訴訟代理人弁護士
清水一史
被控訴人
留萌市立留萌中学校長
小川一弘
同
留萌市教育委員会
右代表者教育委員長
平井誠治
被控訴人
留萌市
右代表者市長
五十嵐悦郎
右被控訴人三名指定代理人
栂村明剛
外二名
右被控訴人留萌市立留萌中学校長指定代理人
冨田泰雄
右被控訴人留萌市教育委員会指定代理人
菊池健
外三名
右被控訴人留萌市指定代理人
小倉裕
外一名
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人留萌市立留萌中学校長が、平成五年四月七日、控訴人に対してした控訴人が所属すべき学級を肢体不自由者のための特殊学級とするとの処分を取り消す。
3 被控訴人留萌市教育委員会が、平成五年四月一日、留萌市立留萌中学校に肢体不自由者のための特殊学級を設置した処分を取り消す。
4 被控訴人留萌市は控訴人に対し、一〇〇万円並びにこれに対する平成三年七月一六日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
6 第4項につき仮執行の宣言。
二 控訴の趣旨に対する答弁
1 主文同旨。
2 仮執行宣言が付された場合の担保を条件とする仮執行免脱宣言。
第二 当事者の主張並びに証拠関係
当事者双方の主張並びに証拠関係は、原判決事実欄に摘示のとおりであるから(但し、同判決三三枚目表一行目の「適正」を「適性」と改め、一〇行目の「(三)(2)」の次に「(3)」を加え、同三九枚目表一〇行目の「指導相談会」を「指導委員会」と改め、同四四枚目表七行目の「(一)」を削る。)、これを引用する。
理由
一当裁判所も、控訴人の本訴請求中、被控訴人留萌市教育委員会に対する訴えは不適法として却下すべきであり、被控訴人留萌市立留萌中学校長に対する請求は理由がないから、これを棄却すべきものであり、被控訴人留萌市に対する損害賠償請求は、原判決認定の限度で正当として認容するが、その余は失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加訂正のうえ原判決の理由説示を引用するほか、後記「三付加する当裁判所の判断」のとおりである。
二原判決の付加訂正
1 原判決四六枚目表三行目冒頭から末尾までを「当事者間に争いのない事実並びに証拠によって認められる事実は次のとおりである。」と改め、同五二枚目裏一〇行目の「一、」の次に「3ないし」を、同五四枚目裏八行目末尾の次に「控訴人は、この点につき、取消訴訟の対象となる行政処分は、行政機関ないしそれに準じる者の行為が公権力行使の実態をもたない場合であっても、一定の行政目的のために国民個人の法益に対し、継続的に事実上の支配力を及ぼし、関係国民が抗告訴訟の対象とすることを欲していれば、訴えの対象として認めるべきであると主張するが、訴えの対象の範囲をいたずらに不明確にし、訴えの相手方に不相応な負担を強いる独自の見解であって採用できない。」をそれぞれ加え、同五七枚目表七行目から八行目にかけての「とらえられるべきである」を「とらえられている」と改める。
2 同五九枚目表四行目の「明治以来、」の次に「児童生徒の身体状況に関する限り、」を、同六〇枚目裏二行目の「については、」の次に「それらの者の抱懐する世界観や教育観などによって」をそれぞれ加え、同七〇枚目表一行目から二行目にかけての「何ら右の場合と」を「右の場合と基本的には」と、同七四枚目表二行目の「いまだ国によって」から三行目の「いないから」までを「当審口頭弁論終結の時点においては未承認、未批准であったから」とそれぞれ改め、同行の「主張は、」の次に「本件においては」を、七行目の「権利」の前に「具体的」をそれぞれ加える。
3 同七九枚目表九行目の「対象して」を「対象として」と改め、同八〇枚目表末行の「事情は、」の次に「原審のみならず当審においても」を加え、同八一枚目裏二行目の「8ないし11」を「8、9、11」と、同八二枚目表七行目から八行目にかけての「国民からの」を「親が果たすべき教育への役割に基づく」と、同裏一〇行目の「子ども」から末行の「いえず、」までを「特殊学級と普通学級ではたとえ相互の交流方式をとっても、授業の内容方法に必然的にある程度の差異が生ぜざるをえず、」とそれぞれ改める。
三付加する当裁判所の判断
1 被控訴人留萌市立留萌中学校長の処分について
(一) 肢体不自由者に対する中学校普通教育において、当該不自由者を普通学級に入級させるか、あるいは特殊学級に入級させるかは、終局的には校務をつかさどる中学校長の責任において判断決定されるべきもので、本人ないしはその両親の意思によって決定されるべきものということはできない。
勿論、国民の子女に対する普通教育は、前記(原判決引用)のとおり、国及び地方公共団体がこれを遂行する最終責任を負担し、国は国政の一部として、適切な教育を実施すべきものであるが、しかし、このことは、決して普通教育の衝にあたるものが子ども本人やその両親の意向を一方的に排除し、自らの判断のみによってこれを専断することを許容するものではない。けだし、教育権の所在に関するいわゆる教育権論争は別としても、当該子どもが教育の主体であり、能力に応じた教育を受ける権利を有しており、また、両親はその自然的関係により親権に基づき子女を教育する立場にあり、実定法上も普通教育を受け、あるいは受けさせることは国民としての義務でもあり、それ故にこそ、教育のあり方について、親は教師、国、地方公共団体等とともにそれぞれの役割を持ち、正当な役割にしたがって、教育の内容方法に関与することができる地位にあると解すべく、普通教育の過程の中でこの役割が生かされるよう期待し、その考えの実現に向けて努力することに対しては、行政においてもそれに相応しい誠実な対応がなされてしかるべきだからである(但し、このことは、本件における市教委が控訴人やその両親の協議申し入れに応じることを実定法上義務付けられることを意味するものではない。)。
とすれば、控訴人あるいはその両親が、控訴人の普通学級における教育を希望し、その実現のために被控訴人らと交渉したことは、自らの教育上の信念を表白し実践しようとしたものと評価できるところである。
(二) しかしながら、原判決説示のとおり、普通学級間あるいは普通学級と特殊学級間の振り分け入級処分に関して、子ども本人あるいはその両親の意思がそれを決定する要件であるとする実定法上の根拠はなく、また、教育理念の点からしても、それが絶対の要件であるとしなければ前項説示のような考えと矛盾するというものでもない。実際問題としても、入級処分のあり方については、当該子どもに対する教育的配慮が最優先されるべきものとしても、学級編制及び入級処分は当該学校における教育設備、教諭や介護員等の要員の問題を抜きにして決定することはできず、この点を無視して、仮に、子どもや両親の意思のみに基づいて決定された場合には、ときにかなりの混乱を教育の現場にもたらし、他の子どもの教育にも影響することは容易に予測できるところである。そのことから、現行法秩序のもとにおいては、これについては校務をつかさどる校長に一定の枠内において権限を与え、その専門的経験知識に立脚した客観的視野のもとに、当該子どもにとって、また学級運営上より適切な方向としての結論をだすことを期待しているものと解されるところである(学教法のこの点についての規定は具体的に明確であるとは言いがたいが、右解釈の合理性については原判決の説示するとおりである。)。控訴人は、特殊学級への入級を義務づける実定法上の規定はないと主張するが、そのような直接的規定のないことは主張のとおりであるとしても、このことがその権限を校務をつかさどる校長に付与しているとの学校教育法の解釈と矛盾するものではない。
(三) このようにみてくると、本件において、控訴人や両親が普通学級で教育を受けたい、あるいは受けさせたいとの強い意思を引き続き持って、これを希望してきたことは、前記(原判決引用)のように理解できないものではないが、留萌地方就学指導委員会の専門的検討判断を踏まえ、控訴人の障害の程度のほかに、同人の小学校並びに留萌中における一、二年生の間における授業の状況などを含めた諸般の事情を勘案のうえなされた被控訴人校長の入級処分をして違法であるとすることはできないところである。
2 控訴人の損害賠償請求について
被控訴人市教委職員の控訴人に対する発言については、国家賠償法上の責任が認められるが、被控訴人市教委による特殊学級の設置、被控訴人校長による控訴人の特殊学級への入級処分については、被控訴人らに控訴人主張のような責任の認められないことは前記(原判決引用)のとおりであるが、右被控訴人市教委職員の原判決認定の発言が控訴人に伝えられていたにもかかわらず、特殊学級が設置され、それへの入級処分がなされ、これにより控訴人が強い衝撃を受け、多大の精神的苦痛を被った以上、被控訴人市に対し相当額の賠償を命じるべきものである。しかし、原判決認定の事実関係に加え、原審における控訴人法定代理人山崎義三の供述、証人大川寿幸の証言、弁論の全趣旨によれば、このような発言のなされたのは、時に双方の見解の相違が甚だしく、決して冷静とは言いがたい雰囲気の中で、何とか穏便に入学式を済ませたいとのその事自体は行政の衝にあるものとして止むを得ないともいえる考えから出たとの経緯も認められることに照らすと、控訴人と両親の希望が真摯なものであったことや被控訴人市教委職員の右発言が一度に止まらなかったことなどを十分に考慮に入れても、なお原判決認定の金額をもって相当とすべきである。
四よって、これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴をいずれも棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官宮本増 裁判官河合治夫 裁判官髙野伸は、転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官宮本増)